過ぎ去るのに時間がかかった2025年。毎年恒例の振り返りをしたいと思います。
後始末
2024年は12月に妻が亡くなってしまい、もうその時点で人生の全てが”終わり”という状況でした。あまり地獄という表現は好きではありませんが、もうそれ以上の表現が浮かばないような日々が2025年であったと思います。
亡くなってからの後処理、そのような中でも続けなければならない仕事。両立は苦しく、全てが嫌になるような感覚を覚えました。
これもあまり言いたくはありませんが「余計なことを言う人々」がいたおかげで、後始末が長引き、2ヶ月で終わることが8ヶ月もかかってしまいました。年の半分以上を後始末に割いたわけです。
もちろん合間に旅行などは行ってみましたが、処理が終わっていないので気になってしまい楽しいかと聞かれれば、かなり中途半端なものであったと言えます。
その後は別の家族が病気になり入院。
結局その対応も私がやり、そのストレスからか今度は別の失敗が続きました。
徹底的な節制
専門家の助言を得ながら後始末をやりきり、年の残りの4ヶ月で続いていた体調不良を治すべく必死でした。腸を専門の病院で全て検査したり、体に悪いものを全く食べなくなったり、ビタミン剤を調べて飲み続けたり。ほぼ毎朝ウォーキングし、週に2回は筋トレ。年の後半はひたすらそれを続けていました。
缶ビールを飲まない、加工品、ラーメン、牛丼を極力食べない、マクドナルド論外・・・など。徹底的に制限をした結果、最後は買う気すら起きなくなりました。
「2025年末までにもう一度幸せになりたい」
という目標を立て、4ヶ月節制を続けた結果、全く幸せにはなりませんでしたが、体の調子は良くなり本当に風邪を引かなくなりました。体が痩せたので着られる服のレパートリーが増えました。
何よりも持久力が回復し、年の前半は一日3000歩で疲れてしまったのが、1万歩以上歩いても少し疲れるだけで済むようになりました。
それだけ二年間支える以外何もできず、人間としての能力が落ちていたことを物語っています。
自由の使い道
死ぬほど暇=自由ですが、自由の使い道が今のところは全く分かりません。一人でできることは「くだらない」と感じるばかりです。何を考えても単なる暇つぶしにしか感じません。まるで価値がないのです。
二ヶ月ほど前に気持ちを変えようと引越しをしたので、生活のやり直しで日々暇を潰していますが、それが終わったら何があるのか。家族が居ればやることがあります。だけど一人になったら終わりです。
自分の人生を全部使って努力したのに、社会からはおひとり様と同じに扱われてしまうことが、私には苦痛でなりません。私の邪魔をした人々にも「だったらあんたらが代わりに俺の人生を返せよ」と言いたくなります。
元々自分が何をしたかったのか?を毎日考えるしかありません。
しいて言えば、行けなかったところに行きたいということでしょうか。国内は飽きてきましたが、海外はまだまだ行きたいところがあります。
・ジブラルタル
・モロッコ
・ポルトガル
・ソウル(韓国)
・広州(中国)
・フィンランド
・カンボジア
・・・・・・
思いついた順ですが、あたりは行ってみたいかもしれません。エアバスの工場でもトゥールーズには行ったことがないので、そのあたりの見学をしてみるのも良いかもと思います。
ただ、正直に言うと、もう年齢的に一人旅をして楽しいと思うことはありません。海外ほどペアで全てが組み立てられていて、一人で行くとレストランでは変人扱いです。一緒に行きたかった場所はたくさんあるが、行けなかったので仕方なく行くという感覚が強いでしょう。
あとは昔留学できなかったので、真似事でもいいのでしてみたいかもしれません。英語はできるので、ちゃんと意味のある学びはしてみたいですね。
AIの時代ですから、北欧系の対話で導きだすような学びの方が意味があるかもしれません。デザインなど芸術的なところが弱いので、そういうところを知ってみたい気もします。
資格はどうなのでしょうか。暇を潰すにはちょうど良いですが、AIの時代に資格のアドバンテージがどこまで残るのかという疑問があります。先日AIにhtmlを打たせてみましたが、完全に使えるレベルの簡易サイトが作れてしまいました。つまり技術では太刀打ちできないので、それを指示する立場、先頭に立つ立場の構築が重要に思います。
車や家などはやりきったが故に、物質的な追求にはもはや何ら価値を感じないので、とりあえず動く系のことが暇を潰すにはちょうど良いかもしれません。
もちろん妻に言われて一流を目指していたので、もうあらゆることにおいて安物に手を出すことはないと思います。本当に価値がある物は、自分を高める道具や添え物として手にする可能性は高いでしょう。
レクサスも病院用の「輸送バス」として買いましたが、レクサスを残してくれたおかげで恥をかかないことが増えました。引越しの際も担当者が車を見て安心していましたし、信用力の裏付けになっているのは間違いありません。自分が乗ってカッコイイとか、隣の車より価格が高いとか、くだらない見栄っ張りや張り合いではなく、道具のおかげで余計な障壁が減る感覚があります。
結局、一人は面白くないので、誰かと幸せになりたいということは強く浮かびます。
先日先輩から「ふと考えた時に一番浮かぶことはなんだ?」と問われた時に、頭に浮かんだのはかわいい奥さんと子供が二人くらい居て子供を叱っている風景でした。あとは四駆で自然へと出かける風景もなぜか浮かびました。病気が無ければ、そうしていたはずですから。
病気で全てが消し飛びましたが、私はその夢を諦めたくないわけです。もちろん一流になりたいので妥協などしません。
やはり一人というのは人として、生物学的にというか、普通ではない状態なのだと思います。
クリスマスと正月のムードに精神が疲れましたが、それでも自分で死ぬことなんて容易にできません。だからこそ、そこから抜け出す方法を探す以外に道はないのです。
とにかく動いてればマシなので、本年中に何か実現したいところです。孤独でいる時間が無駄ですから。
